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On the yellow guardrail

正字正かなユーザー刑部しきみの清く正しいつつましやかなブログ

今日、仕事を辞めます

あけましておめでたうございます。

 

本日35歳になりました。

 

昨日は12月から勤めていた會社で賃金について話し合いをしてきました。

 

そもそも

先づ職業訓練をしていた頃の知人に紹介されたのですが、肝心の知人はおらず、そのまま仕事をさせられました。

給料は最低賃金からだが頑張れば昇給があり、ボーナスも出ると社長が云ふ事で暇だったから入社、後日履歴書をメールで送付。

仕事は某有名ショッピングサイトサービス(で良いのだらうか)の商品の追加、更新、商品のブランドの情報の一枚画像など。PhotoshopIllustratorでの作業は特に問題なく、順調に進んでいる樣にみえた。

 

事故

一月のある日、下松のサンリブ近くで停車中の軽トラに追突、彈みでその前にゐたラパンにも被害。

私はぶつかる前にハンドルを左に切ったのだが、それがまずかった樣でエアバッグが開かず、打ち所が惡く酷い胸の痛みを手で覆ったまま動けず、見かねた軽トラの男性が救急車と警察へ電話。私は男性に勧められてシートベルトを外して助手席に寢轉がっており、それを無理矢理担架に載せられ(痛かった)救急搬送。

當時財布が破損してをり、変わりにポーチに免許證や現金を入れていたのと、メインバックと仕事のカタログの入ったバッグとや辨當の入ったランチバッグなどとにかく荷物が多く、身分証明書を搜すのに難儀してゐたのだが、私も名前を名乘るのが精一杯でなんともならず、荷物はフロントが大破したミラジーノに乘ったままで携帯も財布も親父の知人のカーディーラーが持って行ってしまった。

 

色々檢査を受けたのだが覺えてゐない。

兔に角打撲であり骨には異常なく、また痣なども見當らないので當たった位置が良くなくて酷い痛みを感じてゐるのではないかといふ話になり、ロキソニンの濕布と錠劑、胃藥を處方されて、待ち合ひで會社に電話出來ない事に氣が附く。

幸い格安SIMの刺さったXperiaがあったのでLINEで友人に事故った旨を知らせ、電話が出來ない事を書いた所、會社の番號を調べて公衆電話から電話しては何うかと返事が來て、私は初めて公衆電話といふ物體を思ひ出した。待ち合ひを見廻すと、すぐに見付かった。Googleで出た番號へ電話するも繋がらない。仕方がないので紹介してくれた知人へMessageを使って會社に連絡してくれるやうに頼んだ。

取り敢へず連絡がつき、出社できる状態では無いので缺勤といふ事になって、この日は親父が休みだったので親父に連れて帰られた。

 

拔殼

ミラジーノは結局、廢車になる事が決定した。保險で直すにはあまりに損傷が酷いという事と、前々からエンジンが突然死ぬという何處の會社にもっていっても再現できない欠陥がある事で、修復を諦めたのだ。

私はこの頃から、記憶がたまにすぽっと拔けたり、體が動かなくなるなどの精神的症状が出るようになっていた。

仕事中に體が固まって動けなくなったのを藥の副作用で眠氣が来ているのかと勘違ひされ、隣の席の社長に何度も肱を叩かれるが、動けないのだからどうしようもない。

別室に連れて行かれ、社長に「やめたいの?」と聞かれた。別に辞めたい譯ではない。なので「さうではないのですが」と答へた。結局私は月曜だけ出社、その日にミーティングとなり、在宅ワークとなったのだ。

 

不信

  • ダイレクトメールのデザイン

月曜にしたミーティングでダイレクトメールのデザインを任され、御手本となる他社のものを元に作成しようといふ事になった。しかし、その商品の寫眞がいつまでも渡されない。「まず商品ありきのデザインなので、早めに商品の寫眞を戴きたい」という私の言葉に対し、上司は「こういう感じで商品とそれを持ってゐる人の手を合成出來ませんか?」と云ふとんでもない言葉を投げかけられた。

私は「商品の寫眞が一番大事です、そこを蔑ろにしたデザインは出來ません」と突っぱねたが、兔に角デザインをしろと云ふ事で、商品なしでテンプレート的な物を作らされた。しかし――

「忙しくて商品寫眞そのものが撮れない」「このテンプレの此処をどうのかうの」「値段が」……私に關係ない無意味なミーティング。鉛筆で黒く修正がなされる紙の上を眺めながら、私はこの会社に何も求めないし何もプラスになる提案はしないと決めた。

  • フォント

自宅で作ったものを納品する際、フォントそのもののレイヤーとアウトライン化したレイヤーを納品した際、「ヒラギノは會社のパソコンに無いので今後は使はないでください」といふ返答が來た。しかし、辭める際にフォントについて「(ブランド名)の商品番號、(外注の方)のフォントと同じものを使わなかったのは何故ですか」と聞かれ、「會社のパソコンにありませんでした」と云ふと「搜す努力はしましたか?」と聞かれた。開いた口が塞がらない、といふのはかう云ふことか、と思った。

私がメールで納品しても「受け取りました」といふ一言の程度のメールすらない。次の仕事の指示もない。つまりどうしやうもない。暇である。

それを「刑部さんは仕事をしていない、外注を今後も行ふなら最低賃金の更に半額だ」と判断された。たまったものではない。

  • 机もない、アカウントもない、ハンドクリームで怒られる

仕事場の机は日替わりで、社長のデスクで仕事をする羽目になった事がある。社長のアカウントをログアウトする事はまずそうだったので、パソコンに入ってゐなかったFirefoxをインストールしてそこから自分のDropboxやメールをチェックする羽目になった。

驚いた事に、Windowsの個人アカウントも作って貰へない。信じられないかもしれないが、同じWindowsを色んな人間があちこちを弄ったりするので、デスク毎に設定がめちゃくちゃである。

私は爪が遺傳的に非常に脆く、ハンドクリームが欠かせないのだが、それがデスクの上に出てゐるだけで上司から注意された。Web屋やデバッグの仕事の時は机の上に各々が好きなキャラのフィギュアやなんかのおまけみたいなのを飾りまくってゐたので、かなり衝撃的だった。

  • 事務も居ない、會計も居ない、人事も居ない

よくある3つの無いであるが、3月31日に社長から「給与計算が出來てゐないので週明けに計算します」といふ旨のメールが來た。時刻は18時頃。會社の規定で18時以降は會社に居てはいけないといふ事になってをり――

「やられた」

私はFACEBOOKTwitterでメールのキャプチャを見せた所、全員一致で「勞働基準局へ行け」だった。

そこで私は日曜の夜にかういふ旨のメールを書いた。何故そのキャプチャを貼らないのか、と云はれるかもしれないが、端末が違ふので拾って來るのが面倒臭いだけである。

「では賃金が支拂われるまで出社しません、なほ、事故で缺勤した時の書類の賃金額が、山口縣の最低賃金を下囘ってをります事を鑑みて、勞働基準局への通告も考へてをります」

出社、そして

一應出社出來る時刻に起床し、メールをチェック。

「計算したので出社してください。」

賃金を支拂ふのを遲らせやうとした人間が何故上から目線なのだ。かういふ事態を考慮し、私は寢る前にハルラック以外の全ての精神安定剤を飮まなかった。あれらは安定劑といふか結構腦が鈍るので朝の議論には不向きなのだ。

出社して早々、金の話をした。

「やー、最低賃金って10月に變はってたんだねえ」

……經營者は最低賃金を知らなくても人間を雇へるらしい。他の從業員はまだ750円で働かれてゐるのかと思ふとぞっとする。

「で、今囘は在宅ワークも時給と同じ金額を拂ふけど、今のままなら在宅ワークは半額にするから」

「半額の根拠を教へてください」

「それは佐藤君(假名、直屬の上司)の判斷だね」

「つまり私の賃金は佐藤さんの判斷ひとつで半額にも倍額にもなると」

「他に誰が決めるの?」

絶句である。社長すら査定に關はらないといふのか。

「では何故今囘のままなら半額なのか敎へてください」

「えー……佐藤君、ちょっと來て」

佐藤さんが呼ばれて、話し合ひは三人になった。

「刑部さん、商品画像の品番のフォントなんで外注さんと揃へなかったの」

「フォントが無かったので。納品した時も指摘がありませんでしたから」

「普通揃へるでしょ? 搜したの?」

「繰り返しますが指示も修正指示もありませんでしたから」

「それに新規の商品ページもレイアウト崩れが」

「なら何故指摘しないのですか? 指摘されていないものは直す以前の問題です

「この前サイドバナー納品してくれた後、雛形があるから作り直してってメールしたら、二度手間なので追加料金拂ふか他の人にやらせるかって云ったでしょ」

わかった、こいつバカだ。

「私の不手際は私が直しますが雛形の後出しはそちらの都合でせう?」

それから。

就業規則も頂いてませんしこの會社のルールがわかりません」

「別に渡す義務ないから」

「では佐藤さん、貴方がたは後出しジャンケン的に就業規則に違反してゐるといくらでも指摘出來る譯ですね?」

「……さうですね」

オイオイマジかよ。今迄色んな所で働いたけど就業規則貰ってないのココだけだぞ。しかも後出しOKかよ。

「まあ今は感情的になっていると思ふけど」

「社長、私は冷靜です。事實以外の感情論をいつ出しましたか?」

「とにかく、折角の縁だから、色々云ひたい事もあるだらうけど」

「まだ云ひたい事の半分も喋ってゐませんよ」

こんな腐った縁要らんわ。

「今日は家に歸って良く考へて」

アホか。話にならん。

「わかりました、歸ります」

私は席を立ち、タイムカード端末を「業務終了」にセットひて十四松さんのステッカーの貼られたナナコでタイムカードをつけ、ロッカーに全ての資料を投げ入れ、ロッカーのキーをさしたまま歸宅した。

 

35歳の最初の仕事、今から退職届を書きます。それでは。